揺れる作品のはなし

去年友人に勧めてもらい読み始めたpixivに投稿されている漫画作品(売れうつ(略))、普段ログインしないせいで更新されていることに気付かず久しぶりに続きを読んだ。

今夜は何となくブログを書く気分になれたので勢いのまま書き起こしておこうと思う。

突然だが私はこの作品が好きだ。

ただ、読んでいると矢晴の姿に昔の自分の姿や当時の(辛いと思っている)出来事がフラッシュバックし深く落ち込んでしまうのでとてもリスキーな作品でもある。

(そうなると分かっているのに読んでいるのであまり認めたくはないが私は自分自身に対してサディストでありマゾヒストなのだと思う。)

漫画家としてデビューした彼(矢晴)が挫折し心を病み筆を折る、人間関係も壊れ廃人状態になってしまうまでの過程。その時の心理描写があまりにも生々しく、同時にその場面に似た体験が頭の中で自動再生されるので苦しさのあまり泣いてしまうといった感じだ。

幸い私の場合は病状が彼ほどまでに重くならなかったお陰で日常生活はなんとか送ることは出来てはいた。

が、不幸なことに私の場合はそれに気付いてくれる人が居らず(私が気づけなかっただけで本当は居てくれていたのかも)今の状態まで回復するのに膨大な時間を要してしまった。

今は自分の心の状態や体調を判断して冷静にいられるようになったが、昔はそれが出来なかった。(回復とは書いたがチョットした不調やPMSですぐに昔の状態に戻りそうになりそうになるので結構気をつけて生きている。)

作中では、肯定の言葉を自分を惨めな気持ちにさせる言葉の様に感じて相手に攻撃的な言葉を投げてしまうシーンや、布団の中で希死念慮に駆られるシーン、彼の姿が影の塊のように描かれているシーンなどがあるのだが、私の場合もまさにそういう感じだった。

他にもちょっとした出来事だったものが時間の経過と共に怖い記憶に歪んでいってしまうとか。

ポジティブな事でも簡単に認知は歪んでしまうし、意識が向けられるものがある時は症状を理解して落ち着いていられるが、一度強く症状が出ると自己否定の言葉に五感が埋め尽くされる感覚に陥ってしまう。

私は当時、夜布団に入ると症状が出てきてしまい明け方まで涙が止まらなくなっていたのだが、矢晴が影の塊のように描かれている姿がその時の感覚の雰囲気とよく似ている気がした。

(因みにこの頃「幽霊人命救助隊」の小説を読んだ影響で泣いた後の目に充血改善の目薬をよくさしていた。笑)

『吐き出すばかりで形に昇華できない人間になってしまった』

彼が序盤で己に突き刺した言葉が今の私にも深く突き刺さってくる。

仕事を出来るまでには回復したが、今まで好きでやって来たのに出来なくなってしまった事がまだ沢山残っている。

今年はそんな出来なくなってしまった表現の喜びを一つずつ思い出すことが出来れば幸いだ。

追記:時々SNSで“昔メンタルヘルスをやっちまいましたが、なんやかんやあって今は元気!”といった内容の事を繰り返し言ってしまっているが、あれは自分が昔の状態に戻っていないかの確認と一種の自己暗示の様なものなので一応この場で弁明を…

寿

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